北の大地にひっぱられて

北海道が大好きな30代女子の愉快な旅日記

『当たり前』にすること。平成30年胆振東部地震のボランティアに行って思ったこと。

昨年(2018)9月のお話です。

2018年9月6日。


朝起きて、眠気覚ましにスマホを開く。


胆振地域』『苫小牧』という、
見慣れている地名が
急上昇ワードにあがっていました。

どうしてだろう…?

まだ寝ぼけていたので、
いつもの習慣でテレビをつける。



『北海道で大規模地震

『北海道全域で停電』



…?


ただ、呆然とするしかできませんでした。




そのあと普段通り会社に出勤しましたが、
気になってこっそりネットニュースを
探してしまう始末…



あのとき泊まった宿の人は大丈夫かな?

あのとき会った人は困っていないかな?


そんなことばかり
頭のなかを渦巻いていました。




私の生まれは東北の太平洋側です。
川の河口に実家があり、
後々振り返ると
毎日海を見て生活をしていました。


もちろん、311の時に全壊。
居住不可区域となり、実家は郊外に転居。
跡地は道路になりました。




故郷は当時毎日のように、
そして今は忘れ去られそうになる頃合いに
ニュースで流れています。



大きな地震が起きたとき、
遠い世界の話 他人事だと
思いたくありませんでした。



そして、奇遇にも9月の三連休に
北海道旅行に行く予定で、
前々から飛行機を予約していました。


それも木曜の最終便で
仙台から新千歳空港に向かい、
いつもなら地震で休止した空港温泉宿泊のところ
たまたま千歳駅前のホテルを予約済み。



地震の翌週の週末。
その頃にはボランティアセンターが
設置されているだろう。


不思議な偶然が重なったように感じ、
申し訳ない気持ちで前々から予約していた
上川の宿をキャンセル。


そしていつもお世話になっている
札幌のゲストハウスを予約して、
被災地ボランティア旅行に変更。



その際、キャンセルをしたとあるお宿から
『安平町の被害が大きい様子』と
教えて頂きました。



当時よくニュースで見たのが、
厚真町の大規模土砂崩れや
電力発電所の状態。


安平やむかわの被害を
あまり知りませんでした。


安平への交通手段を調べたらまたもや偶然、
JRはまだ運行見合せでしたが
千歳駅から安平町の早来駅行きのバスは稼働。


さっそく安平町ボランティアセンターの
ボランティア登録をし、
仙台の社会福祉協議会
ボランティア保険に加入。


安平町ボランティアは一日の人数が決まっていて
事前予約制だったので、さっそく金曜日に予約。


地震翌週の木曜の夜に飛行機で
北海道に入りました。





金曜日の朝。
千歳駅からバスで早来駅に向かい、
ボラセンが設置されている
はやきたこども園へ。


その日、仙台からは私ひとりだけ参加の様子。
ですが、仙台を拠点としている
ボランティア団体さんが
ボラセンを取り仕切っていました。


ボランティア団体TSUNAGARI(つながり)
tsunagari-project.com

仙台のアーケードで募金活動をしているのを
時々見かけていました。




金曜のボランティア活動はポスティング。


ふたり一組になって
ボラセン開設・依頼方法案内のお便りを
1軒1軒ポスティングしました。


その時組ませていただいたのが、
札幌在住の穏やかなお兄さん(Yさん)。


車を出していただき、
ふたりでたわいのない話をしながら
1軒1軒ポスティング。


お昼に仙台から持参したカップラーメンを
食べていたら、おかずを少しわけていただき。
(奥さまお手製の、優しい甘さの卵焼きでした)


ノルマが終わってからボラセンに戻り、
他の組の方(苫小牧の方でした)も一緒に
少し遠方の地区をポスティング。



ポスティングが終わってからは、
避難所や今後のボランティアが
寝泊まりする予定の施設の片付けや
簡単な事務作業のお手伝い。


16時過ぎに終了しました。


ですが、私の場合はバスで千歳駅まで戻って
JRで札幌に行く必要があります。


バスの時間が18時過ぎ…


おとなしく待つしかないなぁ
と思っていたところ、


「札幌なら、宿まで送りますよ」


一緒に組んだYさんからありがたいお言葉を。


こんな迷惑ばかりかけている小娘に
さても当たり前のように…


本当に、感謝、感謝でした。


そしてYさんだけではなく、
一緒に作業した他の方からも

ご自宅の最寄りのJRの駅なら送れるよ!
もし困ったら言ってください!

と声をかけていただきました。


ボランティアに行ったはずなのに…
初対面の私に、当たり前のように
声をかけてくださる方々の優しさに
内心感動してしまいました。



この金曜以外にももう一日
安平町でボランティアをしましたが、
その際も何人もの方から
札幌まで送るよ!と
言っていただきました。


そして送っていただいたお姉さんが

「せっかくだから、美味しいソフトクリームを食べに行きませんか?」

と、東区のケーキハウスアルディさんへ。
地元で評判のソフトクリームを頂きました。


ケーキハウスアルディ

https://cakehouse-hardi.com/post/170781874219/%E3%81%8A%E5%BA%97%E3%81%AE%E3%83%81%E3%83%A7%E3%82%B3%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%83%88-%E3%83%97%E3%83%86%E3%82%A3%E3%82%AF%E3%83%BC%E3%83%AB
cakehouse-hardi.com



他にも夜すすきのの焼鳥屋さんでは
常連の方に可愛がっていただき、

「わざわざ来てくれてありがとう!私の好きな日本酒飲んでいって!」

と、國稀を奢っていただいたり…



びっくりするくらい、
北海道の方々から当たり前のように
親切にしていただきました。


少しでも良いから、
なにか手伝えることがないかなぁ?と
思って北海道に来たのに…



そんな当たり前のような
優しい振舞いひとつひとつから
キラキラとしたプレゼントを
むしろ私がいただいている、
不思議なご縁に恵まれた旅となりました。


旅中によく出る言葉、


「お元気で」
「またいつか会いましょう」


もう会えることがないだろうけど、
小さな希望が胸のなかで
いまだにくすぶっています。



当たり前にやっていただいたこと。


そんな機会があったら私も
同じように誰かに当たり前に
やれるようになりたいですね(*´ω`*)






そうだそうだ💡



二回目の安平ボランティア。

やっとJRが追分・早来まで稼働して、
早朝に札幌を出て追分経由で早来まで
向かったときに知り合った方。



がっちりと筋肉質で
田舎に似つかない派手な格好の
私より世代が上のお姉さん(Kさん)



札幌から一緒の汽車に乗っていて
私と同じく追分駅で一度降りたので、
声をかけたら安平にボランティアを
しに行こうとしている方で。


話を聞いたらニューヨーク在住の
ダンサーとのこと。
(何で派手な格好をしていたか納得!)


たまたま札幌にいたときに地震に遭遇して、
積極的に被災地ボランティアをされていました。



ボラセンのはやきたこども園へ向かう道中、




f:id:SatoRu0212:20190912214145j:plain




Kさんがこれを撮り始めて、



「悲惨なところをSNSにあげるなら、こんな日常をあげるほうが大切。悲惨なところばかりだと、風評被害が広がるからね」


そんな考えもあるのか!



衝撃をうけました。


確かに、311のときは
悲惨なところばかりニュースで見かけて、
風評被害が後をたちませんでした。



なので私もKさんを真似っこして
同じ場所をパシャリ📷


こんな日常が戻りますように!




それから一年たって、
不便を感じていたり
喪失感を持った被災地の方は
まだまだたくさんいると思います。



でも、少しでも、
以前の当たり前の日常に
戻っていますように!


一年前お会いした皆様への感謝と
頑張っている被災地の方々への尊意を込めて
(*^-゜)vThanks!



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☆参考☆

安平町復興ボランティアセンター
peraichi.com